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PHOTO REPORT ~ 郷土富士のいわきさん ~ 津軽・青森

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2012-1-20_14:56



----- 「や! 富士。いいなあ。」と私は叫んだ。富士ではなかつた。津軽富士と呼ばれてゐる一千六百二十
五メートルの岩木山が、満目の水田の尽きるところに、ふはりと浮んでゐる。実際、軽く浮んでゐる感じなので
ある。したたるほど真蒼で、富士山よりもつと女らしく、十二単衣の裾を、銀杏いてふの葉をさかさに立てたや
うにぱらりとひらいて左右の均斉も正しく、静かに青空に浮んでゐる。決して高い山ではないが、けれども、な
かなか、透きとほるくらゐに嬋娟たる美女ではある。-----(太宰治『津軽』より)



 郷土富士。

 日本にはそこかしこに富士山があります。
 本家富士山と同じような成層火山の独立峰もあれば、形が似ている小高く盛り上がった地形というものもあります。

 津軽平野の中にすらりと立つ「岩木山」もその1つ。
 1625メートルの成層火山で、津軽富士と呼ばれています。
 昔から津軽地方の象徴的な山であり信仰の対象ともなっています。

 住んでいる町から見える山というのは普段はあまり気にならないかもしれませんが、思いのほか記憶に深く染み付いているものです。
 別の町を歩いていて、平野ばかりで山が見えないために落ち着かない気分になったり、山の形や雰囲気が似ているから別の町なのに懐かしさを覚えたり、遠くの見慣れたシルエットを見て田舎に帰った気分が増したり。
 だから各地に自分たちの象徴となる山を見つけ、多くの郷土富士が生まれたのではないでしょうか。(観光目的の場合もありますけどね)

 起伏に富んだ狭い土地であるために、どこを切り取っても個性的な風景が見られる日本だからこその感覚なのでしょうね。



----- 私はこの旅行で、さまざまの方面からこの津軽富士を眺めたが、弘前から見るといかにも重くどつしり
して、岩木山はやはり弘前のものかも知れないと思ふ一方、また津軽平野の金木、五所川原、木造あたりから眺
めた岩木山の端正で華奢な姿も忘れられなかつた。西海岸から見た山容は、まるで駄目である。崩れてしまつて、
もはや美人の面影は無い。岩木山の美しく見える土地には、米もよくみのり、美人も多いといふ伝説もあるさう
だが、米のはうはともかく、この北津軽地方は、こんなにお山が綺麗に見えながら、美人のはうは、どうも、心
細いやうに、私には見受けられたが、これは或いは私の観察の浅薄なせゐかも知れない。-----(太宰治『津
軽』より)


郷土富士についての参考サイト
日本各地のご当地富士」(JAPAN WEB MAGAZINE)
各地の富士山」(山梨の小学校のホームページ)


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青森県藤崎町から見た岩木山


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青森県五所川原市五所川原駅付近から見た岩木山


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青森県北津軽郡中泊町津軽中里駅付近から見た岩木山


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/* ----- 津軽 - 青森 - 2012 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2012-03-26 20:17 | 写真・東日本大震災

PHOTO REPORT ~ 津軽の笑顔 ~ 津軽鉄道・青森

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2012-1-20_13:27



ストーブ列車の何よりの魅力は、トレインアテンダントさんです。

彼女たちの温かみのある津軽弁がなかったら、ただストーブがあってもこんなに観光客はこないのではないのでしょうか。
一度乗ると、また乗ってみたくなるのです。

アテンダントさんたちは、ガイドをしたり、するめを焼いたり、車内販売を手伝ったりします。
みんなに共通酢売るのは、「津軽が大好き」ということだと思います。

その気持ちがあるから、暖かくて親しみのある、そしてまた来たくなるような接客ができるのだと思いました。


奥津軽トレインアテンダントさんのブログ

地域振興や、ローカル線経営に彼女たちの存在は欠かせないものになっており、新聞などでも多く取り上げられているそうです。

地元が好きっていいですね。



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/* ----- 津軽鉄道 - 青森 - 2012 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2012-03-20 19:02 | 写真:日本

PHOTO REPORT ~ 津軽のストーブ列車 ~ 津軽鉄道・青森

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2012-1-20_13:20



青森県の津軽平野をトコトコ走るローカル線。
津軽鉄道は、五所川原市の津軽五所川原駅から、北津軽郡中泊町の津軽中里駅までを結ぶ。
路線距離が20キロ。30分ほどで終点に着いてしまう。

朝と夕方は通学する高校生で一杯になる列車も、その時間が過ぎれば観光客が乗り込むものの乗客は少なくなってしまう。

しかし、冬は違う。
2両編成の列車が満席になり、立ち乗りになることもあるそうだ。

ストーブ列車だ。

その名の通り、床が木製の津軽鉄道の車内にダルマストーブが設置されているのだ。
煙突まで伸びている。
12月1日から3月31日まで、1日2往復(期間によっては3往復)するこのストーブ列車を目当てに、多くの観光客が訪れる。
練炭が赤く燃え、暖かいストーブにあたりながら30分間の鉄道の旅を楽しむ。
車窓には一面の雪に覆われた津軽平野、その向こうに岩木山、津軽名物の強烈な地吹雪。

車内販される「酒っこ」
ダルマストーブの上で焼かれる「スルメッこ」
アテンダントさんの津軽弁。

たった30分感ですが、とても心地のよい時間を過ごすことができます。

詳しくは津軽鉄道株式会社のホームページへ。

津軽鉄道には、冬のストーブ列車の他、夏の風鈴列車、秋の鈴虫列列車もありますよ。


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/* ----- 津軽鉄道 - 青森 - 2012 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2012-03-19 19:39 | 写真:日本

PHOTO REPORT ~ ほっかむりで ~ 津軽・青森

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2012-1-20_9:16



----- 金木は、私の生れた町である。津軽平野のほぼ中央に位し、人口五、六千の、これといふ特徴もないが、どこやら都会ふうにちよつと気取つた町である。善く言へば、水のやうに淡泊であり、悪く言へば、底の浅い見栄坊の町といふ事になつてゐるやうである。-----(太宰治『津軽』より)


五所川原市金木町には太宰治の生家があります。
太宰治記念館「斜陽館」と呼ばれるこの建物は、明治40年(1907年)に太宰治(本名:津島修治)の父、津島源右衛門が建てた豪邸です。戦後津島家が手放した後、昭和25年(1950年)に斜陽館という名前の旅館になました。
平成8年(1996年)に旧金木町が買い取り、名前が引き継がれ今に至っています。

これらの経緯から斜陽館の名前は、没落していく人間たちを描いた太宰の小説からとったと思われます。
これに対し、太宰が小さいころ兄弟でよく遊んでいた、母の部屋の襖に書かれた漢詩の中に「斜陽」の文字があり、これが斜陽館の由来になったという話もあります。
しかしわざわざ漢詩の中からその文字だけを抜き出して旅館の名前にすることは不自然な感じがします。
太宰が自分の小説に沿ったタイトルを考えている時に、母の部屋に書かれていた斜陽をあてはめ、太宰の生家を使った旅館の名前にしたというのがもっともらしい理由なのではないでしょうか。

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だいぶ昔に斜陽館内を見学したことがあるので今回は入りませんでした。
もしかすると僕が入ったのは旅館の頃だったのかもしれませんが、もうよく覚えていません。
木造の、とにかく大きくて造りの上等な家でした。
親がこんなに立派な家を建て、兄もそれを受け継ぎそれなりの地元の名士になっていたのでは、太宰がひねくれてしまう気持ちも理解できる気がします。
当時は建物の前には駐車場くらいでなにもなかったと思うのですが、今では金木町の物産館や銀行などが建っていて記憶とはだいぶ違っていました。



今までの話には全く関係ないのですが、津軽地方では狛犬にほっかむりをするのだそうです。
理由がわからないので、誰かご存知の方は教えて下さい(鎌倉にもあるそうです)
いかめしい顔でもほっかむりをすると、ほっとなごんでしまいますね。


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青森県北津軽郡中泊町中里

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青森県北津軽郡中泊町中里



----- 金木の生家では、気疲れがする。また、私は後で、かうして書くからいけないのだ。肉親を書いて、さうしてその原稿を売らなければ生きて行けないといふ悪い宿業を背負つてゐる男は、神様から、そのふるさとを取りあげられる。所詮、私は、東京のあばらやで仮寝して、生家のなつかしい夢を見て慕ひ、あちこちうろつき、さうして死ぬのかも知れない。-----(太宰治『津軽』より)



太宰も他人の目を気にして見栄ばかりはろうとするのではなく、ほっかむりで街をずかずか歩ける男だったらもっと長生きできたのかもしれません。


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/* ----- 津軽・金木 - 青森 - 2012 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2012-03-01 23:34 | 写真:日本

PHOTO REPORT ~ 道は竜飛へ ~ 津軽・青森

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2012-1-19_14:58



----- 「竜飛だ。」とN君が、変つた調子で言つた。
 「ここが?」落ちついて見廻すと、鶏小舎と感じたのが、すなはち竜飛の部落なのである。兇暴の風雨に対して、小さい家々が、ひしとひとかたまりになつて互ひに庇護し合つて立つてゐるのである。ここは、本州の極地である。この部落を過ぎて路は無い。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く絶えてゐるのである。ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向つて歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。-----(太宰治『津軽』より)



津軽半島の最北端に竜飛岬があります。
津軽海峡、さらにはその向こうに広がる北海道の大地を一望することができます。
ここから北海道の白神岬までは約20キロ。本当に目と鼻の先に白い雪に覆われた陸地を目にすることができます。

この土地は日本海の北の端でもあり、冬の風がとてつもない勢いで吹きぬけていく場所でもあります。
年間の平均風速は約10m/s。高速道路の吹き流しが真横に流れるほどの強さです。
太宰治も「兇暴の風雨」と書いていますね。
実際少し南の三厩集落から船で竜飛へ行こうとした太宰は、強風で海が荒れているため船を諦め徒歩にせざるを得ませんでした。


しかし、僕が見た竜飛は寒くはあれど風もほとんどない穏やかに晴れた海と空と、すぐそばに広がる白い大地でした。
風が強くて息ができないほどだと聞いていたのですが・・・。

こんなに清々しく明るい場所だったら、「津軽海峡・冬景色」の歌は生まれなかったかもしれません。
今は青函連絡船(1988年まで)もなくなってしまいましたしね。

それでも竜飛が「本州の袋小路」、最果ての場所というのは今も変わりません。
東京で恋やぶれ、上野発の夜行列車に乗り北海道へ帰るには、青函トンネルで下からか、フェリーに乗って海上か、それとも飛行機で上から、なんらかの方法で津軽海峡を渡らなければならないのです。

国道でさえ、この場所で道が尽きているのです。
竜飛の外側を通り、青森の弘前(津軽半島の付け根やや西寄り)と外ヶ浜(津軽半島の東側)を結んでいる国道339号線は、海岸沿いの竜飛の集落と崖の上の竜飛岬の間をなんと階段で繋いでいるのです。
歩いては通れますが、車だと通行不可能な、不思議な国道です。


「・・・路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。」

今でもそうですよ、太宰さん。


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赤いボタンを押すと大音量で歌が流れます。もちろん「津軽海峡・冬景色」。2番から。


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秋田方面。


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津軽海峡を挟んで北海道が見えます。まだ行ったことがないので、あこがれの大地です。


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階段国道。階段なのに冬季閉鎖中。


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龍飛崎灯台。


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2012-1-19_16:59



/* ----- 津軽・外ヶ浜町 - 青森 - 2012 - Nikon D700 ----- */
津軽海峡・冬景色 / 石川さゆり



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by kidai_y | 2012-02-29 22:29 | 写真:日本

PHOTO REPORT ~ じゅうさんこのしじみ ~ 津軽・青森

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2012-1-19_10:05



----- バスは山路をのぼつて北に進む。路が悪いと見えて、かなり激しくゆれる。私は網棚の横の棒にしつかりつかまり、背中を丸めてバスの窓から外の風景を覗き見る。やつぱり、北津軽だ。深浦などの風景に較べて、どこやら荒い。人の肌の匂ひが無いのである。山の樹木も、いばらも、笹も、人間と全く無関係に生きてゐる。東海岸の竜飛などに較べると、ずつと優しいけれど、でも、この辺の草木も、やはり「風景」の一歩手前のもので、少しも旅人と会話をしない。やがて、十三湖が冷え冷えと白く目前に展開する。浅い真珠貝に水を盛つたやうな、気品はあるがはかない感じの湖である。波一つない。船も浮んでゐない。ひつそりしてゐて、さうして、なかなかひろい。人に捨てられた孤独の水たまりである。流れる雲も飛ぶ鳥の影も、この湖の面には写らぬといふやうな感じだ。-----(太宰治『津軽』より)


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十三湖も当然凍っていた。
近くには十三湊という、鎌倉時代にこの地方の有力豪族だった安東氏の拠点となる町の遺構があるのだが、そこも雪に埋もれていて、再び雪から発掘しないといけないような状態だった。

十三湖については僕がだらだら説明するよりも、太宰治の言葉を借りるとしよう。

----- 十三湖あるいは十三潟(がた)と呼ばれて、「津軽大小の河水凡そ十有三の派流、この地に落合ひて大湖となる。しかも各河川固有の色を失はず。」と「十三往来」に記され、津軽平野北端の湖で、岩木川をはじめ津軽平野を流れる大小十三の河川がここに集り、周囲は約八里、しかし、河川の運び来る土砂の為に、湖底は浅く、最も深いところでも三メートルくらゐのものだといふ。水は、海水の流入によつて鹹水であるが、岩木川からそそぎ這入る河水も少くないので、その河口のあたりは淡水で、魚類も淡水魚と鹹水魚と両方宿り住んでゐるといふ。湖が日本海に開いてゐる南口に、十三といふ小さい部落がある。この辺は、いまから七、八百年も前からひらけて、津軽の豪族、安東氏の本拠であつたといふ説もあり、また江戸時代には、その北方の小泊港と共に、津軽の木材、米穀を積出し、殷盛を極めたとかいふ話であるが、いまはその一片の面影も無いやうである。-----(太宰治『津軽』より)

どうやら、雪がなくてもかつての栄華は一片の面影もないらしい。
水深3メートルの湖は凍りつき、氷上をハクチョウがよちよちと歩いていた。


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十三湖で唯一自慢できるのが、シジミらしい。
海水と淡水が混じる汽水湖なので島根の宍道湖と同じくシジミの生育に適しているのだ。

近くには「しじみラーメン」の幟がたち、道の駅にも「シジミの佃煮」から「シジミケーキ」まで様々なシジミ商品が並んでいる。

しじみらーめん。
しじみの風味があるあっさりした塩スープ。
殻ごとどっさり入ったしじみ。
ごく普通の縮れ麺。

太宰さん、やっぱり十三湖には今もこれといったものがないのかもしれません。
でも水も空もきれいです。


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/* ----- 津軽 - 青森 - 2012 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2012-02-28 22:42 | 写真:日本

PHOTO REPORT ~ 青白の世界 ~ 津軽・青森

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2012-1-19_8:45



----- 以上くだくだしく述べて来たが、考へてみると、津軽といふのは、日本全国から見てまことに渺たる存在である。芭蕉の「奥の細道」には、その出発に当り、「前途三千里のおもひ胸にふさがりて」と書いてあるが、それだつて北は平泉、いまの岩手県の南端に過ぎない。青森県に到達するには、その二倍歩かなければならぬ。さうして、その青森県の日本海寄りの半島たつた一つが津軽なのである。昔の津軽は、全流程二十二里八町の岩木川に沿うてひらけた津軽平野を中心に、東は青森、浅虫あたり迄、西は日本海々岸を北から下つてせいぜい深浦あたり迄、さうして南は、まあ弘前迄といつていいだらう。分家の黒石藩が南にあるが、この辺にはまた黒石藩としての独自の伝統もあり、津軽藩とちがつた所謂文化的な気風も育成せられてゐるやうだから、これは除いて、さうして、北端は竜飛である。まことに心細いくらゐに狭い。これでは、中央の歴史に相手にされなかつたのも無理はないと思はれて来る。 -----(太宰治『津軽』より)



なぜか僕の中の津軽のイメージは雪景色だった。

弘前ねぷた」や「五所川原の立佞武多(たちねぷた)」など、津軽には東北の夏を代表する大きな祭りがあるので一般的には夏のイメージが強いのかもしれないけれど、びゅうびゅう風が吹き荒ぶ一面の雪景色が見てみたかった。
10数年前に青森を訪れた時は7月の終わり頃で、無人駅で寝泊まりしながら旅行をするには最適だったけれど、もうすぐやってくる熱い季節を待ちながら目の前に迫っている一年に一度の祭りに向けて最後の力を溜めこんでいるようで、でもなんとなくまだ力の入らないような穏やかな雰囲気を感じたのだ。

津軽半島の厳しさはそんなものじゃあないと思った。
本州日本海側の北の果ての土地はこんなものではないと。
雪に覆われた寂しくも美しい場所なのだと。
あくまでも僕の個人的な思い込みなのだけれど・・・。

ようやく、吹雪いてはいなかったけれど白い津軽をみることができた。
しんとして、キリキリとこめかみが痛くなるように寒くて、一面に広がる雪の平野。
やはり津軽は美しかった。

実は昨年の暮れにも青森にいったのだが、その時は車の運転も躊躇してしまうような凄まじい地吹雪に遭い先へ進めなかったことがある。
これもまた僕が感じたかった津軽の厳しさだった。何といっても、息をするのも困難なくらいの吹雪きなのだ。

こんなにも冬に閉ざされた暮らしをしているのなら、それまで溜まったエネルギーを短い夏に一気に放出するような祭りが行われるのも分かる気がした。

多分、津軽は冬と夏を経験してみないと理解できないのかもしれない。

熱い熱い夏に、また訪れてみたい。



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by kidai_y | 2012-02-27 21:19 | 写真:日本