アジアのカケラ

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PHOTO REPORT ~ 猫と暮らす島 ~ 田代島・宮城県石巻市

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2011_08_11_15:47



本来はもっともっと猫がいるはずの田代島だが、歩けども歩けどもネコに出会わない。
細い路地の曲がり角や塀の影からひょっこりと顔を出すネコを期待しながら大泊まで行ったものの、そこにもいない。

漁師見習いの若者に「猫ですか?」と聞かれた。ここにはあまりいないですねと言うと「そうでもないですがこの浜には少ないです」と言われ、なんだかますますネコが気になってきた。
小さなおばさんに猫のことを尋ねると、やはり「二斗田には多いけれど大泊にはあまりいないね」とのことだった。
せっかく猫の島に来たのに、このままだと会えたのは置物のネコだけになってしまう。
それは寂しい。


大泊からトラックで二斗田港に戻り、建物の前に5、6匹が寝そべったりウロウロしたりしているのを見てホッとした。人を気にせず好き勝手なところで好きなことをしていた。
きれいな小顔の縞茶の猫をなでていると、同じフェリーに乗ってきていた男性が「その猫をかわいがっていると黒い猫がヤキモチ焼くんですよ」と言った。
そういえばさっきから黒くて顔の大きな猫が少し離れた場所を行ったり来たりしながら僕の方を見ていた。
「お前もなでて欲しいのか」と手を伸ばすとプイっと向こうへ行ってしまい、また暫くすると近くに来る。
僕は縞茶さんのあごの下をくすぐり、寝そべっている脇腹をワシワシと撫でた。
彼女の目がきゅーっと細くなった。


フェリーが着いた午前中は立ち話をしているおじさんたちがいた集落センタ前には、今はおばあさんたちが世間話をしていた。
その横を猫がゆっくりと歩いていた。


港の端に積み上げられた瓦礫の山の向こうに網地島から来たフェリーが見えた。
「船が来たよ、間に合うの~?」
そう言うおばあさんたちに「大丈夫ですよ~」と答え、僕は船着場の方へ向かった。



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/* ----- 田代島 - 宮城 - 2011 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2011-09-01 22:59 | 写真・東日本大震災

PHOTO REPORT ~ あの日を境に ~ 田代島・宮城県石巻市

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2011_08_11_12:31



漁に使う”浮き”までもネコに見えてくる田代島。
現在(2011年8月11日時点)石巻からのフェリーが着く二斗田浜から歩いて20分くらい、島の北西岸にある大泊の集落。
ここも他の沿岸地域同様地盤沈下がひどく、港には船が着けられない状態だ。

夏の日差しを浴びて明るく光る青い海と緑の木々に囲まれた小さな港は完全に水没し、打ち寄せる波に洗われていた。
たくさんのカモメが羽を休めたり、遠くの防波堤の上あたりをゆっくり旋回したりしていた。


港の目の前に建っていた数軒の家は津波の被害を受け解体作業が進められていた。
作業をしていたのは長野で林業に携わる会社の人たちで、4月頃から石巻市に重機を持ち込み瓦礫の撤去や家屋の解体作業に当たっていた。最初はボランティアで作業を行っていたのだが、最近石巻市と業者契約を交わし仕事として請け負うことになったのだそうだ。

大きなヘッドフォン付きのヘルメットを被っていたパワーショベルオペレータの男性が「つるつるいっぱい」と言ったので驚いた。僕が福井出身だと言ったからだ。どうしてそんな言葉を知っているのと聞いたら、以前福井の業者の方と一緒に仕事をした時に聞いて以来、耳に残ってしまったのだそうだ。
築100年くらいの立派な茅葺屋根の家を解体中だった。
「もったいないなぁ」と言って、男性はサングラスの奥の視線を自分が崩している茅葺屋根の方へ向けた。


その古い家の目の前にある、別の壊れた家には仙台から来た若い兄ちゃんが住み始めたところだったのに、と小柄でよく喋るおばさんが話してくれた。
昨年の秋頃に漁師見習いとして仙台から田代島に移住し、空き家を安く手に入れ今年の3月頃からその家で暮らし始めようとしていた矢先の津波だったらしい。購入資金の大半は補償されるとのことらしいが、なんとも悪いタイミングだ。
もう壊してしまったけれども別の家も最近仙台の人が買ったばかりだったのよ、とおばさん。

おばさん自身は大泊港を見下ろす崖の上に家があるから被害はないが、たまに自分の息子や近くの若い衆に舟を漕がせて自ら網や鉤棒で獲っていたアワビなどが、地盤沈下のせいで水深が深くなってしまい獲れなくなるかもしれないと心配していた。

「ここから二斗田まで歩いて行くのは大変だから、そこで瓦礫を積んでいるトラックに載せていってもらいなさい」と言って、作業をしていたトラックの運転手に話を付けてくれた。
そして休憩中している長野の業者の方々と世間話をした後、「あの兄ちゃんに1つ仕事を頼んであったんだけど、もう終わったかな」と集落の方へ歩いて行った。


1時間くらい経ってようやく二斗田へ向けて廃材を積んだトラックが出発した。
良く日に焼けた50代くらいの運転手は石巻の人だった。
仕事を終え会社から家へと向かっている途中で地震が発生したのだそうだ。山の上の方へ車で移動できたかた津波から逃げることができた。
震災時は渋滞によって動かなくなってしまった車にん乗ったまま被災した方が多いので良かったですねと言うと、何かを思い出すように少し沈黙した後、「そうだなあ・・・」と彼は言った。

「会社は津波でなくなってしまった。だから仕事もなくなり、今はここで作業の手伝いをしている」
エアコンがかかっているので窓を閉めているトラックの車内にまで聞こえてくる蝉の声とトラックの重いエンジン音が、生い茂る木々に囲まれた細い道に沿って小さな島をゆっくり移動していた。
「本当に、あの日を境に何もかもが変わってしまったよ・・・」
ハンドルを握り前を見つめながら彼が言った。


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/* ----- 田代島 - 宮城 - 2011 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2011-08-31 21:35 | 写真・東日本大震災

PHOTO REPORT ~ 猫神社 ~ 田代島・宮城県石巻市

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2011_08_11_11:20



二斗田と大泊を結ぶ道路沿いに猫神社があります。
うっかりすると通り過ぎてしまいそうなくらい地味な神社です。

猫神社は、正式には「美與利大明神」といいます。
田代島では大漁を招く演技の良い生き物として猫が大切にされていたようですね。
以下は猫神社の傍に立っていた看板からの引用です。

『 明治の末から大正時代にかけて、島では大謀網漁(大規模な定置網漁の1つ)が盛んに行われていた。
 例年、春の訪れと共に大謀網漁の施設基礎工事作業が始まり、島中に活気が戻ってきます。
浜いっぱい所せましと網が広げられ、その上をせわしく浮きを作る人、いかりを設置する人等、わずかな時間を惜しみ働いている。そんな網子(大謀網で働いている人)達の心を和ませてくれるひとつに、春の陽射に誘われ、三々五々集まり寄ってくる人懐っこい島の猫達との出会いがある。

 ある日、いつものように集まり寄っていたところに、いかりを作るため砕石をしていた時、その石片が飛び散り、猫を直撃し瀕死の重傷を負わせるというじこがあった。
 古くより島では、”漁をまねく”、”大漁をまねく”と言って、誰もが猫を大事にしていたことから、当時、大謀(総監督)の任にありました、現八與丸船主阿部家では、大変心を痛め、今後の猫と安全と大漁を祈願して、石造 りの小祠を安置し、猫を祀猫神様として信仰を深めていった。
 阿部家は代々神主を務め、現在でも毎年3月15日が祭日で、幡を立て、供物の「鮪」を供え、お神酒を献上、参詣をしております。また、島内の漁師の人達も初漁には供物の「鮪」を供え、参詣をしていきます。』

田代島では、本当に猫が神様なのです。
今の猫神社のネコたちは、観光客の方が置いて行っているようですけどね。


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/* ----- 石巻市田代島 - 宮城 - 2011 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2011-08-24 22:41 | 写真・東日本大震災

PHOTO REPORT ~ ネコとマンガの使い方 ~ 田代島・宮城県石巻市

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2011_08_11_10:25



田代島の二斗田港から歩いて15分くらいの丘の上にマンガアイランドという場所があります。
なんだそりゃと思いながら行ってみると、やっぱりここもネコでした。

「仮面ライダー」や「サイボーグ009」で知られる漫画家の石ノ森章太郎は、宮城県登米市中田町石森(旧登米郡石森町)の出身です。
生家の近くには石ノ森章太郎ふるさと記念館、石巻市の北上川河口にある中洲にはタマゴのような形をした石ノ森萬画館(被災のため休館中)があり、マンガを通した地域振興に協力しています。
田代島のマンガアイランドもそれらの施設の1つのようで、ネコの形をしたロッジやキャンプ施設などがありました。
センターロッジは震災の影響で閉まったままでしたが、中には30名のマンガ家によるネコのイラストが展示されているそうです。各ロッジの壁に描かれているネコのイラストも、著名なマンガ家によるものらしい。
実際のところは、マンガアイランドというよりネコキャンプ場といった雰囲気でした。
ネコとマンガによる田代島への観光客誘致はいまひとつ実を結んでいないと感じました。
おそらく猫の島としては有名でしょうが、マンガの島だということを知っている人は少ないでしょうね。

ネコロッジも面白いとは思いますが、例えば30人のマンガ家が描いたネコのイラストを使った看板や案内標識など港や村の中に配置して、それらを観光客が探して歩くようなものにしたら、もっと田代島自体を楽しめるんではないのかな。

石巻市役所のご担当の方、如何でしょうか?



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次は猫神社。


/* ----- 石巻市 - 宮城 - 2011 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2011-08-23 23:19 | 写真・東日本大震災

PHOTO REPORT ~ 限界集落 ~ 田代島・宮城県石巻市

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2011_08_11_09:56



田代島に暮らしているのは現在100人ほど。
小学校や中学校も平成元年に廃校になり、島はかなりの高齢化が進んでいる。
いわゆる限界集落の1つだ。

余所者として島を訪れると、海はきれいだし島もこぢんまりして歩きやすく、趣のある家が並ぶ小道があり、時たま猫にも出会え、のんびりした素敵な島だと思う。

しかしここに暮らすとなると、石巻までフェリーで1時間程度かかり、島には2軒しか商店がなく、おもな産業は漁業なので仕事をするにも限定されてしまう。
学校も島外へ通わなければならない。
日常生活をする上では不便であることは否定できない。
昔からこの島に暮らしてきた高齢者の方はともかく、わざわざこの島で生活し子供を育てていこうと考える人が少ないのも理解できる。
だからますます高齢化が進み、限界集落になり、その先に待つのは廃村ということになるかもしれない。

そこにきて先の震災が起こった。
津波により村が消滅してしまうといった被害こそないが、海に近い場所では全壊、半壊の家や漁業施設も少なくない。
古い家屋が多く石を積み上げて固めたような基礎や石垣が多いので、地震であちこちが崩れている。
何より地盤沈下により港が沈んでしまったことが、漁業はもちろん、島外への唯一の交通手段であるフェリーの乗り入れに大きく影響を与えてしまった。

前回紹介したような「猫島・災害復興支援基金 田代島にゃんこ・ザ・プロジェクト」のような、島を再生させるための活動を行っているはいるものの、人口減少という根本的な問題への解決策とはなっていない。

海を見ながらのんびり暮らしたいからとか、漁業をやりたくて移り住んでくるとか、仙台などからこの島へ移住してくるという方ももちろんいる。
しかしそれでも限界集落となってしまった島の状態を救うことには、残念ながらならないだろう。
この先、田代島は本当に猫だけの島になってしまうかもしれない。


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この高さの護岸を乗り越えた津波は、奥に立つ家を押しつぶした。


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/* ----- 石巻市 - 宮城 - 2011 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2011-08-22 22:45 | 写真・東日本大震災

PHOTO REPORT ~ 猫島のいろんなネコ ~ 田代島・宮城県石巻市

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2011_08_11_09:48



さすが猫の島だけあって村のあちこちにネコの置物が。
本物の猫がのんびりしているのももちろんいいですけど、こういうちいさなネコが家の前に並んでいるとほのぼのして良い雰囲気です。



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そもそもなぜこの島に猫が多く住み着くようになったのか。
諸説あるようですが僕がこの日聞いた話を紹介します。

この島には縄文時代の頃から人が暮らしていました。
島の中にその時代の遺跡もあります。
当時は人が亡くなると土葬にしていたようで、お墓を掘り返してしまうことから島の中に犬を入れないようにしていました。
そうして田代島から犬がいなくなりました。


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2011_08_11_15:07


猫は奈良時代頃に中国から日本に来たと言われています。
書庫のネズミを駆除する動物として重宝されていたのです。
ネズミは書庫でだけではなく、家の中にももちろん船の中にもいます。
猫は船乗りたちにとっても必要な動物にでした。大切な食料を齧るネズミを退治してくれるからです。


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中世、田代島は三陸沖を航海する船にとって重要な中継地となっていました。
たくさんの船が田代島に寄港し、船に乗っていた猫が徐々に島に住み着くようになります。
田代島は猫にとってまさに天国のような島でした。
食料になる魚は港に行けば手に入りますし、何より天敵である犬が一匹もいなかったのです。
島の猫はのびのびと暮らし、数を増やしていきました。


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船乗りたちにとっても、航海に欠かせない猫が田代島にたくさんいるので、島によって猫を調達するようになります。
やがて田代島は猫の島として知られるようになりましたとさ。


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2011_08_11_09:47
本当?



/* ----- 田代島 - 宮城 - 2011 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2011-08-19 23:02 | 写真・東日本大震災

PHOTO REPORT ~ がんばろう、ネコの島 ~ 田代島・宮城県石巻市

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2011_08_11_14:49



網地島の北西にある田代島は人口100人ほどの小さな島だ。
この島も網地島と同様、海沿いの家屋や漁業施設が津波により倒壊し、地盤沈下で港のほとんどの場所に船が着けられない状態となった。
今までは二斗田と大泊の2個所に石巻からの定期フェリーが寄稿していたが、今は二斗田港だけだ。


田代島は猫の島として有名だ。
先の津波では何匹かの猫が犠牲になったそうだが、ほとんどは高台に逃げて無事だったそうだ。


二斗田の港近くにも数匹の猫たちが集まって海を眺めていた。

海のこととか津波のこととか、もしも言葉が通じるなら彼らに聞いてみたい。
「海は怖いですか?」
たぶんこう答えるんだろう。
「見てみなよ、今日もいつも同じくらい青いよ」



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この時間は間違い。地震発生時刻は14持46分。


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二斗田港の様子。


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田代島の人たちは、自分たちの手で島の漁業を復興させようとがんばっています。
以前たびねこさんのブログでも紹介されていましたが、「猫島・災害復興支援基金 田代島にゃんこ・ザ・プロジェクト」という活動を行っています。
もう少しで目標口数に届きそうな状況です。
東北各地の農業漁業を支援するために、一口基金を募りその資金で産業を立て直し、収穫・漁獲が軌道に乗ってきたときに支援した人に還元するという活動はいろいろな場所で行われています。
田代島はその活動に猫が一役買っているというのが、猫の島らしいですね。



/* ----- 田代島 - 宮城 - 2011 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2011-08-18 23:46 | 写真・東日本大震災