アジアのカケラ

- Something from around Asia -

PHOTO REPORT ~ 思いやる気持ち 石巻・宮城 ~

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2011_04_14_16:46



石巻駅の周辺はいまだに潮の匂いがした。

駅から海の方へ歩く。
丘を越えて海が見える場所に立つと眼下に海が見えた。
海岸から立っている山の間にある町には何も無かった。

おばさんが、僕に言っているのか、独り言なのか、「大変だ~、あそのお寺も、誰々先生の家も、コンビニも、みんな無くなってしまった~、大変だ~」と言いながら階段を降りていった。

旧北上川沿いに進み、日和山公園へ行った。
涙ぐみながら町を眺めている女性がいた。

川沿いの自宅の1階部分が浸水してしまったおじさんが言った。
津波の第1波では家は殆ど残っていた。
山へ避難できないタイミングの人々は2階へ逃げた。
第2波の津波が殆どの家を飲み込み、今立っている日和山のふもとまで町のすべてが流れてきたそうだ。
半分くらいの人はもうここに住みたくはないだろうと言っていた。

でも、とおじさんは言葉を続けた。
女川とか大川とか志津川とか他の小さい漁村とか、本当に町の全てが無くなったところもたくさんある。
かわいそうだなあ。


被害を受けた別の漁村にも、同じことを言っているおばさんがいた。
自分も大変なのに、他の人の心配をする。

僕も同じ目に会ったとき、同じことが言えるのだろうかと思った。



以下は4月14日現在の石巻市南浜町の様子を撮影した写真です。

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奥の橋の上に逃げた人は助かったらしいが、水が引かなかったので一晩中橋の上から動けなかったそうだ。


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南浜町。奥の大きな建物は市立病院。駐車場の警備員の方はずっと来院者を避難誘導し続け、津波に飲み込まれてしまったそうだ。


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自衛隊の皆さんが瓦礫の撤去作業を続けていた。


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丘の上に建つ家に住む人たちはどんな気持ちでこれから暮らしていくんだろうと思う。窓を開けるたびに、見慣れた景色の変わり果てた姿を見続けなくてはならないのだ。


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奥の建物は門脇小学校。


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/* ----- 仙台 - 宮城 - 2011 - Nikon D700 ----- */


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by kidai_y | 2011-04-15 23:35 | 写真・東日本大震災