2011年 08月 31日
PHOTO REPORT ~ あの日を境に ~ 田代島・宮城県石巻市 |

2011_08_11_12:31
漁に使う”浮き”までもネコに見えてくる田代島。
現在(2011年8月11日時点)石巻からのフェリーが着く二斗田浜から歩いて20分くらい、島の北西岸にある大泊の集落。
ここも他の沿岸地域同様地盤沈下がひどく、港には船が着けられない状態だ。
夏の日差しを浴びて明るく光る青い海と緑の木々に囲まれた小さな港は完全に水没し、打ち寄せる波に洗われていた。
たくさんのカモメが羽を休めたり、遠くの防波堤の上あたりをゆっくり旋回したりしていた。
港の目の前に建っていた数軒の家は津波の被害を受け解体作業が進められていた。
作業をしていたのは長野で林業に携わる会社の人たちで、4月頃から石巻市に重機を持ち込み瓦礫の撤去や家屋の解体作業に当たっていた。最初はボランティアで作業を行っていたのだが、最近石巻市と業者契約を交わし仕事として請け負うことになったのだそうだ。
大きなヘッドフォン付きのヘルメットを被っていたパワーショベルオペレータの男性が「つるつるいっぱい」と言ったので驚いた。僕が福井出身だと言ったからだ。どうしてそんな言葉を知っているのと聞いたら、以前福井の業者の方と一緒に仕事をした時に聞いて以来、耳に残ってしまったのだそうだ。
築100年くらいの立派な茅葺屋根の家を解体中だった。
「もったいないなぁ」と言って、男性はサングラスの奥の視線を自分が崩している茅葺屋根の方へ向けた。
その古い家の目の前にある、別の壊れた家には仙台から来た若い兄ちゃんが住み始めたところだったのに、と小柄でよく喋るおばさんが話してくれた。
昨年の秋頃に漁師見習いとして仙台から田代島に移住し、空き家を安く手に入れ今年の3月頃からその家で暮らし始めようとしていた矢先の津波だったらしい。購入資金の大半は補償されるとのことらしいが、なんとも悪いタイミングだ。
もう壊してしまったけれども別の家も最近仙台の人が買ったばかりだったのよ、とおばさん。
おばさん自身は大泊港を見下ろす崖の上に家があるから被害はないが、たまに自分の息子や近くの若い衆に舟を漕がせて自ら網や鉤棒で獲っていたアワビなどが、地盤沈下のせいで水深が深くなってしまい獲れなくなるかもしれないと心配していた。
「ここから二斗田まで歩いて行くのは大変だから、そこで瓦礫を積んでいるトラックに載せていってもらいなさい」と言って、作業をしていたトラックの運転手に話を付けてくれた。
そして休憩中している長野の業者の方々と世間話をした後、「あの兄ちゃんに1つ仕事を頼んであったんだけど、もう終わったかな」と集落の方へ歩いて行った。
1時間くらい経ってようやく二斗田へ向けて廃材を積んだトラックが出発した。
良く日に焼けた50代くらいの運転手は石巻の人だった。
仕事を終え会社から家へと向かっている途中で地震が発生したのだそうだ。山の上の方へ車で移動できたかた津波から逃げることができた。
震災時は渋滞によって動かなくなってしまった車にん乗ったまま被災した方が多いので良かったですねと言うと、何かを思い出すように少し沈黙した後、「そうだなあ・・・」と彼は言った。
「会社は津波でなくなってしまった。だから仕事もなくなり、今はここで作業の手伝いをしている」
エアコンがかかっているので窓を閉めているトラックの車内にまで聞こえてくる蝉の声とトラックの重いエンジン音が、生い茂る木々に囲まれた細い道に沿って小さな島をゆっくり移動していた。
「本当に、あの日を境に何もかもが変わってしまったよ・・・」
ハンドルを握り前を見つめながら彼が言った。

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/* ----- 田代島 - 宮城 - 2011 - Nikon D700 ----- */
by kidai_y
| 2011-08-31 21:35
| 写真・東日本大震災


