2011年 11月 21日
PHOTO REPORT ~ 話を聞ける大切さ ~ 七ヶ浜町・宮城県 |

2011_10_23_17:01
「私はね、自分のやることに対してはちゃんと報酬を貰うようにしているんです。材料費くらいですけどね」
今は仮設住宅に住んでいる、元大工だという初老の男性がそう言った。
仮設住宅は文字通り仮の住まいであり、様々な業者が突貫工事で施工したうえに立てる場所の制限もあり、よく見ると同じ仮設住宅でも少しずつ違っているのが現状だ。
岩手県住田町では町独自に地元木材を使用した木造の仮設住宅が建てられた。
女川町では仮設住宅を建てる土地が少ないため、通常の平屋ではなく2階建て、3階建てのものがある。
石巻で見させてもらった仮設住宅の部屋の壁と天井にの間には隙間止めのビニールテープがぐるりと貼られていて、素人目にも応急処置的な内装が心配になった。
七ヶ浜町のある仮設住宅群は現在外壁を断熱材で覆う作業が進められている。デフォルトの住居では外壁が薄くこれから始まる冬の寒さに対応し切れないためだ。
先ほどのおじさんの住む仮設住宅は最初から断熱材が入れられていて窓も二重窓になっている。
しかし玄関にはささやかな庇(ひさし)があるだけなので、ほとんどの住人がビニールトタンと木材で雨除け、風除けのためのシェードが作られている。これらの玄関のカスタマイズは自己負担(最近になって自治体が新たに増設し始めているそうだ。この場合の費用は自治体負担)であり、男性は大工の腕を生かし近所の玄関にシェードを作っているそうだ。その作業の際、材料費だけは請求しているというのが、最初の言葉の意味である。
「こちらもプロとして仕事をしているわけですからね。それに被災しているからといって何でもかんでも貰ってばかりというのはだめだと思うんです」
男性自身、浜辺にあった自宅を流されて仮設住宅住まいである。
たとえ被災しているとしても自分でできることがあればするべきだし、お互いの持っている技術やアイデアを出し合えば現状はもっと良くなるはずだ。被災したからいってじっと待っているばかりではいけない。そういうことを話してくれた。
同じようなことをもっと早い時期に聞いたことがある。
6月頃、気仙沼市本吉のお宅で住居清掃などの手伝いをしていた時のことだ。
「早い段階で我々被災者が自立できる方策を、国や自治体はしっかり考えて早急に手を打ってほしい。支援を受けているばかりでは本当の生活は始まらないし、個々の生活が始まらなければ復興どころではない」
そのお宅の持ち主の男性が言っていた。
先日の多賀城駐屯地で行われた大復興祭に来ていたおばあさんが、僕が質問する前に話し始めた。
「なんだかね、温度差があるのよ、地元にも。私は多賀城に住んでいるんだけどうちの辺りはなんともなかったの。でもちょっと離れた場所では津波で家が壊れたりしている。でも私たちは(震災直後は多少不自由だったものの)全く普通なの。これはもうどうしようもないのよ」
たとえば福井など被災地から遠く離れた場所に住んでいる人たちと被災者との温度差というのはあるだろう。
テレビの災害情報テロップなどが、他の県では通常放送に戻ってからも東北地方では随分長く表示されていた。
こんな風に、被災者同士の温度差や格差が出てきているのは事実です。
無条件に「被災者の人は大変だ、いい人だ、助けるべき存在だ」とも言えなくなっていると、頻繁に被災地ボランティアに来て話を聞いている人が漏らしていた。
時間が過ぎ状況が変われば、それに合わせた行動を取らなければならない。
もちろん支援が必要なくなったというのではなく、まだまだやらなければならないことはある。
また我々には立ち入ることができないような、当事者にしか対処できない問題も多い。
遠くからでは見えないことも、近くにいれば気が付くことがある。
話をするともっといろいろなことが分かってくるのです。

2011_11_12_10:56

2011_07_29
/* ----- 七ヶ浜町 - 宮城 - 2011 - Nikon D700 ----- */
by kidai_y
| 2011-11-21 21:09
| 写真・東日本大震災

