2012年 02月 29日
PHOTO REPORT ~ 道は竜飛へ ~ 津軽・青森 |

2012-1-19_14:58
----- 「竜飛だ。」とN君が、変つた調子で言つた。
「ここが?」落ちついて見廻すと、鶏小舎と感じたのが、すなはち竜飛の部落なのである。兇暴の風雨に対して、小さい家々が、ひしとひとかたまりになつて互ひに庇護し合つて立つてゐるのである。ここは、本州の極地である。この部落を過ぎて路は無い。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く絶えてゐるのである。ここは、本州の袋小路だ。読者も銘肌せよ。諸君が北に向つて歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。-----(太宰治『津軽』より)
津軽半島の最北端に竜飛岬があります。
津軽海峡、さらにはその向こうに広がる北海道の大地を一望することができます。
ここから北海道の白神岬までは約20キロ。本当に目と鼻の先に白い雪に覆われた陸地を目にすることができます。
この土地は日本海の北の端でもあり、冬の風がとてつもない勢いで吹きぬけていく場所でもあります。
年間の平均風速は約10m/s。高速道路の吹き流しが真横に流れるほどの強さです。
太宰治も「兇暴の風雨」と書いていますね。
実際少し南の三厩集落から船で竜飛へ行こうとした太宰は、強風で海が荒れているため船を諦め徒歩にせざるを得ませんでした。
しかし、僕が見た竜飛は寒くはあれど風もほとんどない穏やかに晴れた海と空と、すぐそばに広がる白い大地でした。
風が強くて息ができないほどだと聞いていたのですが・・・。
こんなに清々しく明るい場所だったら、「津軽海峡・冬景色」の歌は生まれなかったかもしれません。
今は青函連絡船(1988年まで)もなくなってしまいましたしね。
それでも竜飛が「本州の袋小路」、最果ての場所というのは今も変わりません。
東京で恋やぶれ、上野発の夜行列車に乗り北海道へ帰るには、青函トンネルで下からか、フェリーに乗って海上か、それとも飛行機で上から、なんらかの方法で津軽海峡を渡らなければならないのです。
国道でさえ、この場所で道が尽きているのです。
竜飛の外側を通り、青森の弘前(津軽半島の付け根やや西寄り)と外ヶ浜(津軽半島の東側)を結んでいる国道339号線は、海岸沿いの竜飛の集落と崖の上の竜飛岬の間をなんと階段で繋いでいるのです。
歩いては通れますが、車だと通行不可能な、不思議な国道です。
「・・・路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。」
今でもそうですよ、太宰さん。






2012-1-19_16:59
/* ----- 津軽・外ヶ浜町 - 青森 - 2012 - Nikon D700 ----- */
♪ 津軽海峡・冬景色 / 石川さゆり
平成24(2012)年津軽の冬編・・他の記事は、
「青白の世界」
「じゅうさんこのしじみ」
「道は竜飛へ」
「ほっかむりで」
「津軽のストーブ列車」
「津軽の笑顔」
「郷土富士のいわきさん」
by kidai_y
| 2012-02-29 22:29
| 写真:日本

