2012年 03月 22日
PHOTO REPORT ~ かまくらまつり 2012 ~ 横手・秋田 |

2012-02-16_18:02
かまくらまつり期間中の横手市内中心部には、町のあちこちにミニかまくらが現れます。
会場付近の歩道や橋沿いはもちろん、普通のお宅の玄関先にも小さなお椀を伏せたような形のかまくらが並びます。
暗くなると中のロウソクに火が点され、道路に沿ってオレンジの灯りが少々離れた場所に散らばるかまくら会場同士を繋ぐようになります。徒歩で移動すると結構暗い夜道を歩かなければならないのですが、この小さな灯りのおかげで道を見失わないで済みますし、雪が舞う氷点下の中でも気分が少しだけ暖かくなります。
「かまくら」は秋田や新潟で小正月に行われる水神を祀る伝統行事で、行事としての名前が本来の「かまくら」ですが、雪で作った丸い家(雪洞)そのものも「かまくら」と言います。
かまくらの中に子供たちがいて、火鉢で餅を炙り甘酒を温めながら友達同士で遊びます。
前を人が通りかかると「あがったんせ~」と声を掛けて、焼き餅や甘酒をふるまいます。

横手のかまくらの歴史は約400年。
武家町では小正月に四角い雪の壁を作り、その中でお神酒やお餅を供え、しめ縄などの正月飾りを燃やし無病息災、子供の成長などを祈る行事(左義長)が行われていました。
一方、商人町では町内の共同井戸の傍に雪洞を作り、水神様をお祀りし良い水に恵まれるように祈る行事がありました。(この地方は水不足になることが多く良質の井戸も少なかった。そのため飲料水や農業用水として生活に不可欠な水を大切にしてきた)
その2つの行事がいつの頃から1つに合わさっていきます。


大正から昭和の初めにかけて各家にポンプ式の井戸が普及し、共同井戸の重要性が薄まっていくにつれ水神をお祀りすることがそれほど重要性を持たなくなります。
そこで水神祀りは子供たちが遊ぶ雪洞の中に移り、明治30年頃には子供たちが中心の行事になっていったのです。
また、昭和11年(1936年)にドイツ人建築家のブルーノ・タウトが横手を訪れ、薄闇の中に灯りが揺らめく雪洞の中で子供たちが遊んでいる様子を見て「まるで夢の国だ」と絶賛したことも、横手のかまくらを広く有名にする切っ掛けになりました。
ちなみに写真の「ミニかまくら」は昭和46年頃から作られるようになったそうです(一枚目の写真は横手南小学校校庭のミニかまくら)
。
現在の「横手のかまくら祭り」はそのかまくら行事に「ぼんてん祭り」が合わさったものです。
秋田で冬に行われる子供に関係した行事といえば、かまくらの他に以前紹介した「なまはげ」があります。
どちらも子供が中心となる行事です。
でも子供にとっては「なまはげ」に脅かされるより、「かまくら」の中でお友達と一緒にお餅を食べていた方がいいですよね。


蛇の崎川原のミニかまくら
参考・・・「雪国の民俗・水神を祀るかまくら」
/* ----- 横手 - 秋田 - 2012 - Nikon D700 ----- */
◎秋田冬の祭り◎
平成24(2012)年横手かまくらまつり・・・
「かまくらの声」
「かまくらまつり 2012」
「かまくらっこ」
平成24(2012)年なまはげ柴灯まつり・・他の記事は、
「なまはげ問答」
「なまコレ2012 1」
「なまコレ2012 2」
「なまはげ柴灯まつり2012」
「なまはげ誕生秘話(参考)」
by kidai_y
| 2012-03-22 21:00
| 写真:日本

