2012年 08月 08日
PHOTO REPORT ~ 仙台七夕の吹流しは熱かった ~ 仙台@宮城 |

2012-8-7_14:58
仙台七夕の吹流しは、商店街に並んでいるお店毎にそれぞれオリジナリティを出しながら手作りで作ったものです。
素材は基本的に竹や紙なので工作しやすいと思うのですが、1つあたり3~6mくらいの長さのものを5本セットで飾らなければならないので、結構大掛かりで長期間の作業になります。
お店のロゴを大きく引き伸ばして模造紙に印刷した単純なものから、カラフルな和紙を使ったもの、すべての吹流しが折り鶴をつなげたもので作られたもの、一つ一つの模様が細かな折り紙になっているものなど、一口に吹流しといっても多種多様、千差万別、とてもバラエティーに富んでいるので見ていて飽きません。
なんでも数ヶ月前から準備を始め、一本あたり数十万円、中には数百万円もの費用がかかる吹流しもあるそうです。




これらの吹流しは毎年審査の対象となっていて、大勢の見物客が立ち止まって写真を撮っている吹流しは、たいてい金賞や銀賞などを受賞したものです。
各商店街の中で店対抗で順位が付けられ(個人戦)、さらに仙台市内の商店街対抗での順位も発表されます(団体戦)。
前回のブログで仙台七夕は「静」のお祭りだと書きましたが、実はそれぞれのお店や商店街の間で熱い戦いが繰り広げられていたのでした。


仙台七夕は江戸時代初期、仙台藩主伊達政宗が婦女子の文化向上を目的として、様々な飾り付けをする七夕の風習を奨励したのが始まりだとされています。
東北地方に深刻な被害をもたらした天明の大飢饉(1782~1788)の時には、暗く沈んだ藩を景気付けるために盛大な七夕祭りが開かれました(1873年)。
明治維新後の1873(明治6)年に新暦が採用されたために旧暦7月7日の七夕の風習が市民生活から離れていき、また第一次世界大戦による不景気もあって仙台七夕は次第に行われなくなってしまいます。
終戦後、1946(昭和21)年に52本の竹飾りで仙台七夕が復活。仙台空襲で焼け野原となった町に久しぶりに彩りと活気が戻ります。
1947(昭和22)年、昭和天皇巡幸に合わせて5000本の竹飾りを並べ本格的に仙台七夕が復活しました。
仙台の七夕は、大飢饉や戦争のたびに、疲弊して停滞した市民の気持ちや景気を盛り上げてきました。
昨年の震災から1年4ヶ月。
東北の夏を彩るたくさんの吹流しは、東北の復活を思うたくさんの人達の気持ちの象徴なんですね。


昨年の仙台七夕の様子はこちら
/* ----- 仙台 - 宮城 - 2012 - Nikon D700 ----- */
by kidai_y
| 2012-08-08 21:25
| 写真:日本

